抗ウイルス薬「レムデシビル」に関する記事、私見その2 [コロナウイルス]
完全に備忘録ですが、レムデシビルに関する他の日本語記事です。
コロナ治験薬レムデシビル、サル実験で効果 米研究
元記事をAFPやSTATでさっと探したのですが、見つかりませんでした。ただ色々な所で英語でも同じ文章が記事になっているので配布されたのでしょう。例えば、
Experimental virus drug remdesivir effective in monkeys : study (Yahoo)
Experimental virus drug remdesivir effective in monkeys: study (インドネシアの新聞?)
日本語記事の一番の問題は「新型コロナウイルス感染症に対して効果があることが証明された」というくだりです。英語の記事での2段落目が欠如してしまっていて、まるで明日にでもこの薬が使えそう、という間違った印象を読者に伝えています。
まずはレムデシビルがどういう薬か考えてみます。抗ウイルス剤で、RNA-Dependent RNA Polymerase(RNA依存性RNAポリメラーゼ)を阻害する薬のようです。
Structural Basis for the Inhibition of the RNA-Dependent RNA Polymerase from SARS-CoV-2 by Remdesivir
新型コロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルスなので、侵入先のリボソームでゲノム自体がmRNAとして翻訳され、ウイルスたんぱく質を作ります。
新型コロナウイルスの侵入、複製の仕方(3/29のブログにも少し説明してあります)
また以下の図よりこのウイルスのゲノムから作られるたんぱく質は2つの大きなたんぱく質(Polyprotein)に、4つのウイルスを構成するたんぱく質(スパイク、エンベロープ、ヌクレオカプシド、膜)、そして8つのアクセサリーたんぱく質であることがわかります。
SARS-CoV-2の遺伝子構造(エコノミストのから抜粋)
(Understanding SARS-CoV-2 and the drugs that might lessen its power)
特に左側にある二つの大きなたんぱく質(Polyprotein 1と2、replicaseの部分)がプロセスを経て最終的にRNA依存性RNAポリメラーゼとなり、ウイルスが増殖するときに含まれるRNAを複製する(replicate)のに必要なたんぱく質(=酵素)となります。レムデシビルはこのたんぱく質の機能を阻害するはずなので、私は結果としてウイルス増殖が迎えられるのだろう、と理解しました。
さてこの知識を前提に、元の記事を検証することにします。元の論文を探ると、未査読のレポジトリーBioRxivに行き当たりました。
Clinical benefit of remdesivir in rhesus macaques infected with SARS-CoV-2
まず実験で使われたサルはrhesus macaquesですが、以前ここのブログでも記した通りACE受容体のたんぱく質構造がヒトと大きく違うため、新型コロナウイルスを感染させても軽度の症状しか出ないことが報告されています。つまりサルでの実験ではもともと感染する率がヒトの場合と比べて低いだろうから、抑制しないといけないRNA依存性RNAポリメラーゼの量も少ない可能性があるのではと想像しました。
2つ目、要旨には書いてありませんがよく読むと方法論でこう書いてあります。
(アカゲザルを使うSARS-CoV-2実験は急性モデルのため、SARS-CoV-2を接種してから12時間後に治療が開始された。)
ヒトの場合で感染してから12時間後に治療を受ける方はほぼ皆無ですよね。現在治療を施されている患者さんは発症して重度以上の方ですし、この実験のサルは肺炎など呼吸系に異常がない時点での結果ですから、昨日紹介した臨床データとも残念ながらあまり関連性がないこともわかります。
まとめると、日本語の記事で書いてある「抗ウイルス薬レムデシビルが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して効果があることが証明された」は誇張しすぎと感じます。上の論文からはレムデシビルを初期に処方した場合SARS-CoV-2による肺への感染を抑制する可能性を示すものの、そのウイルスによって発症し進行したCOVID-19の症状を抑える効果があるかどうかはわからない、と解釈するのが妥当です。
そういえばアビガンも抗ウイルス薬と思いますが、実験状況はどうなんでしょうか?興味がわいてきました。
P.S. COVID-19の治験に関し英語の記事を日本語訳するのなら、以下の記事のが公平で適切かと思います。参考まで。
Gilead’s Coronavirus Treatment Has Investors Excited, but the Latest Study Looks Inconclusive
Here’s What We Know about the Most Touted Drugs Tested for COVID-19
コロナ治験薬レムデシビル、サル実験で効果 米研究
元記事をAFPやSTATでさっと探したのですが、見つかりませんでした。ただ色々な所で英語でも同じ文章が記事になっているので配布されたのでしょう。例えば、
Experimental virus drug remdesivir effective in monkeys : study (Yahoo)
Experimental virus drug remdesivir effective in monkeys: study (インドネシアの新聞?)
日本語記事の一番の問題は「新型コロナウイルス感染症に対して効果があることが証明された」というくだりです。英語の記事での2段落目が欠如してしまっていて、まるで明日にでもこの薬が使えそう、という間違った印象を読者に伝えています。
まずはレムデシビルがどういう薬か考えてみます。抗ウイルス剤で、RNA-Dependent RNA Polymerase(RNA依存性RNAポリメラーゼ)を阻害する薬のようです。
Structural Basis for the Inhibition of the RNA-Dependent RNA Polymerase from SARS-CoV-2 by Remdesivir
新型コロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルスなので、侵入先のリボソームでゲノム自体がmRNAとして翻訳され、ウイルスたんぱく質を作ります。
新型コロナウイルスの侵入、複製の仕方(3/29のブログにも少し説明してあります)
また以下の図よりこのウイルスのゲノムから作られるたんぱく質は2つの大きなたんぱく質(Polyprotein)に、4つのウイルスを構成するたんぱく質(スパイク、エンベロープ、ヌクレオカプシド、膜)、そして8つのアクセサリーたんぱく質であることがわかります。
SARS-CoV-2の遺伝子構造(エコノミストのから抜粋)
(Understanding SARS-CoV-2 and the drugs that might lessen its power)
特に左側にある二つの大きなたんぱく質(Polyprotein 1と2、replicaseの部分)がプロセスを経て最終的にRNA依存性RNAポリメラーゼとなり、ウイルスが増殖するときに含まれるRNAを複製する(replicate)のに必要なたんぱく質(=酵素)となります。レムデシビルはこのたんぱく質の機能を阻害するはずなので、私は結果としてウイルス増殖が迎えられるのだろう、と理解しました。
さてこの知識を前提に、元の記事を検証することにします。元の論文を探ると、未査読のレポジトリーBioRxivに行き当たりました。
Clinical benefit of remdesivir in rhesus macaques infected with SARS-CoV-2
まず実験で使われたサルはrhesus macaquesですが、以前ここのブログでも記した通りACE受容体のたんぱく質構造がヒトと大きく違うため、新型コロナウイルスを感染させても軽度の症状しか出ないことが報告されています。つまりサルでの実験ではもともと感染する率がヒトの場合と比べて低いだろうから、抑制しないといけないRNA依存性RNAポリメラーゼの量も少ない可能性があるのではと想像しました。
2つ目、要旨には書いてありませんがよく読むと方法論でこう書いてあります。
Due to the acute nature of the SARS-CoV-2 model in rhesus macaques, therapeutic treatment was initiated at 12 hours after inoculation with SARS-CoV-2.
(アカゲザルを使うSARS-CoV-2実験は急性モデルのため、SARS-CoV-2を接種してから12時間後に治療が開始された。)
ヒトの場合で感染してから12時間後に治療を受ける方はほぼ皆無ですよね。現在治療を施されている患者さんは発症して重度以上の方ですし、この実験のサルは肺炎など呼吸系に異常がない時点での結果ですから、昨日紹介した臨床データとも残念ながらあまり関連性がないこともわかります。
まとめると、日本語の記事で書いてある「抗ウイルス薬レムデシビルが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して効果があることが証明された」は誇張しすぎと感じます。上の論文からはレムデシビルを初期に処方した場合SARS-CoV-2による肺への感染を抑制する可能性を示すものの、そのウイルスによって発症し進行したCOVID-19の症状を抑える効果があるかどうかはわからない、と解釈するのが妥当です。
そういえばアビガンも抗ウイルス薬と思いますが、実験状況はどうなんでしょうか?興味がわいてきました。
P.S. COVID-19の治験に関し英語の記事を日本語訳するのなら、以下の記事のが公平で適切かと思います。参考まで。
Gilead’s Coronavirus Treatment Has Investors Excited, but the Latest Study Looks Inconclusive
Here’s What We Know about the Most Touted Drugs Tested for COVID-19